棋士・羽生善治 「才能とは、努力を継続できる力だ。」
10代の頃から、その才気を発揮し、15歳、中学3年でプロになり、天才と呼ばれる羽生だが、25才という若さで7冠達成という頂点を極めた後、漠然とした不安に駆られ始める。 「この先どうなるのか。」「棋士としてどう生きるのか?」
迷いと共に次第に戦績を下げ、30歳を過ぎると自信を持っていたひらめきや記憶力も衰えてきた。2年前には、タイトルは1冠にまで落ち込んだ。
そんな或る日、見慣れていた筈のある光景に目が留まった。 若手棋士たちと対局するベテラン棋士の姿だった。
加藤一二三九段(当時64歳)、内藤國男九段(当時65歳)、有吉道夫九段(当時69歳)。 還暦を越えて尚、懸命に自分の将棋を極めようとしていた。
羽生は、はっとなった。 「棋士は、只、勝つ為だけに、将棋をさすのではない。生涯をかけ自分の将棋を極める事にこそ、価値がある。」 天才と呼ばれた男が迷いの中で見つけた自分の道だった。
「情熱を持って続けていく事は当たり前の事だと思うけど、之が果てしなく難しいことなんですよね。・・・ 傍目にはベテランの人達はたんたんと続けているように見えるけど、20年、30年、40年という年月を見た時、当たり前の事が実は当たり前ではない、と感じるようになった。 結局、長い目で見た時は、同じペースで走り続けていく事が出来る事が一番、ある意味、才能なのかな。 むしろ、瞬間的な閃(ひらめ)きや煌(きら)めきは、大事な要素ではあるけれど、中核を成している訳ではないのではないかと、30ぐらいの時に感じるようになった。」
しかし、35歳の今でも悩みや迷いから開放される事はない。
「10代、20代の時は余計な事は考えないということはある。考える材料も無いし、考えないという事はある。 段々年齢が上がってくると色々な事を考えられるようになってくるから、そこに、迷いとか、躊躇(ためら)いとかが生じてしまうということがあるので、ぶれない気持ちと言うか、ぶれない心をどれだけ維持するかというのは凄(すご)い。 ええ、言うのは簡単なんですけど、実際、おこるのは、これは、ハードルが高いというか、困難な事なんですね・・・」
2008年2月26日 NHK総合テレビジョン 「プロフェッショナル・仕事の流儀」 より
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