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2008年2月

2008年2月29日 (金)

『本当に試合前、逃げたくて、凄い怖かったです。』 福原 愛


2月26日、広州(中国)で行われている、世界卓球選手権団体戦の予選リーグで、日本チームは宿命のライバル、韓国と対戦した。 試合は2-2の接戦になり、勝敗の決着は、最終試合の 福原: 文 の対決に持ち越された。
試合はフルゲームになり、最後は、韓国にマッチポイントを握られながら、ジュースに持ち込む、逆転の大接戦で福原が文を下し、日本はリーグ一位で決勝トーナメントに進む事になった。
小さい頃、試合に負け始めると、泣き出す為、「泣き虫愛ちゃん」とあだ名がついていたが、試合に勝って泣いた事はなかった。 しかし、最終試合を熱戦で制した時、福原の表情が崩れた。

『本当に、勝てて嬉しいです。皆がいてくれなければここまで出来なかったと思います。』『本当に試合前、逃げたくて、凄い怖かったです。』
福原 愛

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2008年2月26日 (火)

さらば「昴(すばる)」よ、とは

1981年、結成10周年を目前に「アリス」の活動停止。
『俺ら30を過ぎたところで経済的にも安定してきて、いくら緊張しようと思っても、しているつもりが、昔と比べると緊張感が無くなってきている。そんな自分を何処かで切り捨てなければいけない。そう考えた時、「アリス」と言う自分たちが一番甘えられる場所を振り切る以外に、考えが浮かばなかった。』
『自分達の意思で先に山を下(くだ)ろう。下っていかないと次の山が見えない。山の頂上に近ずくと遥か向こうに別の山が見える。』 

2003年に33年間続けてきた全国ツアーを休止する。 
『一回、箱の中を空っぽにしようと家族と相談して、事務所もたたんで、自分達の心を一回ゼロにするというか、その時に、この先何を大事に生きていくのか、良く見えた。』 
そんな時、上海音楽学院から教授就任の依頼が来た。 人材育成は谷村さんの念願だったので、天命として受け止めた。 
『1年前なら、物理的にも受けられなかった話だけど、受けられる状況の時に来ると言う事は、凄く感じる事がある。 ああそういうことなんだ。 よく天命と言いますけど、ああ、こういう風に自分は歩いて行くんだなと。その頃に、自分で書いた筈の「昴」という歌の本当の意味が分かってきた。』 
『30年近く前に書いた曲だが、自分で書いて、何が「さらば昴(すばる)よ」か、そこが、ずっと疑問だった。』  スバルとは、プレアデスという星の集まり、そこに込められた意味とは・・・
『スバルという星は、僕ら人間が物を作り始めて、作り出してきた。その時代の頃をプレアデス(昴)という表現をしてて、物を作り上げて行って、極まった時に、今度は物に囚(とら)われ始めてしまう。その物に囚(とら)われている心に別れを告げるのが、実は、「さらば昴(すばる)よ」だった。それが分かった瞬間に全身鳥肌が立って、涙が出てきた。』

谷村新司

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2008年2月24日 (日)

◎窪山哲雄(ザ・ウィンザー・ホテルズインターナショナル 代表取締役社長)

『「自分の為」にやろうとするとエネルギーは小さいけれど、これは「社会の為」だというところまで昇華すると、むしろ、「自分の為」以上の力が出てくると思う。僕は(ホテル業は、自分に)与えられた事だと思うから、自分の運命として、兎に角、前に壁があっても、何とか之を乗り越えようとする努力の中に、ある種の楽しさも、苦しさもあるし、乗り越えた喜びもある、と思っている。』

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テレビ東京 カンブリア宮殿 2008年2月18日放送

 

◎諸葛亮孔明

学問は静から 才能は学から生まれる。

学ぶ事で才能は開花する。

志が無ければ学問の完成は無い。 
NHK その時歴史は動いた。2007年3月28日



◎堀場雅夫(堀場製作所 創業者 最高顧問)

社是「おもしろおかしく」について

貴方本当に嫌と思うほど一生懸命にやってみたか、と言う事が大きなキーです。ちょと何となくこの仕事おもしろくないなあ、とか、本気でその仕事をやって見ずして嫌と言うのが多い。

真剣にその仕事をやって見て、どーうしても自分には向かない、こんな事で人生を過ごすのは勿体無いと思ったときは思い切って止めなさい。



◎坂本 幸雄 エルピーダメモリ  社長

会社の中で いい時もあるし 悪い時もある。悪い時は自分が先頭に立って コストを下げる事や辛い事を自分がまともに受けてやっていかなきゃいかん。そういう事が出来なければ社長として失格なんだよね。



◎武田信玄(家臣団の結束を唱って)

幾年(いくとせ)か我が身一つの秋を経(へ)て

友あらばこそ 月を見てまし。   



◎五 省  

1932年 江田島海軍兵学校五つの反省。かつて、江田島(広島県江田島にあった海軍兵学校を指して言う)には、現在の海上自衛隊にも継承される "五省" というものがあった。これは1932(昭和7)年、当時の校長、松下少将が創始したものである。これを生徒に暗記、暗謡させ、道徳教育とした。いつしか五省は江田島を代表するものとなった。

一、至誠(しせい)に悖(もと)る勿かりしか  

     (真心に反することはなかったか)

一、言行に恥づる勿かりしか  

    (言葉と行ないに恥かしいところはなかったか)

一、気力に欠くる勿かりしか   

    (気力に欠いてはいなかったか)

一、努力に憾(うら)み勿かりしか   

    (努力不足ではなかったか)

一、不精に亘(わた)る勿かりしか   

    (不精になってはいなかったか)



◎山本五十六

ああ我何の面目かありて見(まみ)えん大君(おおきみ)に

将又(はたまた)逝(い)きし戦友の父兄に告げむ言葉なし

いざ待てしばし若人ら

死出の名残の一戦を華々しくも戦ひて

やがてあと追う我なるぞ          

NHKその時歴史は動いた 2006年12月13日



◎東郷平八郎司令長官の日露戦争連合艦隊解散の訓示。

―明治38.12.21

神明(神のこと)は唯、平素の鍛錬に勤め、戦わずして既に勝てる者に勝利の栄冠を授(さず)くると同時に1勝に満足して治平(ちへい)に安(あん)ずる者より直ちに之を奪う。

NHKその時歴史は動いた 2005年1月26日



◎伊藤信吾(男前豆腐店 社長)  

どんな職業でも 一工夫、二工夫することはある。

何かを生み出すひらめきはどんな職種にもある。

テレビ東京 2006年9月25日 カンブリア宮殿



◎白州次郎「遺言書」

1.葬式無用

1.戒名不用       



◎鶴見和子―社会学者

おもむろに自然に近くなりゆくを老いとは言わじ

涅槃(ねはん)とぞ言わん。



◎熊崎勝彦 元東京地検特捜部長  

こちらから色々な事を言うのではなく、

いろんなことを決め付けて言うのではなくて、

向こうにポイントを言わせるというか

言って貰うのが質問なんだよね。

その為の質問を工夫しなければ駄目。

テレビ東京 2006年7月10日 カンブリア宮殿



◎伊庭貞剛(住友第2代総理事)が愛した言葉。  

君子財を愛す。之を取るに道あり。  

禅宗の学問書「宗門無尽灯論」テレビ東京 2006年7月8日 ミームの冒険



◎商いは飽きない懸命に働く初代。

趣味に溺れる2代目。3代目で没落。

みだりに実印を押したり保証人にならない事。

道楽は禁物。身のまわり、心の中を常に整理整頓。

現状に感謝はすれども満足せず、

常に前向きの考えを持つ事。

交際上必要あるも酒は慎むこと。

凡人は酒に飲まれる事しばしばなり。



◎村上 龍

『(社長在任中は)社長て何か素晴らしいな、とか社長は楽しいな、とか言うような社長ではなかったんですね』

資生堂名誉会長 福原義春

『そういう社長はあまり良い仕事はしないんじゃあないですか』

テレビ東京 2006年6月12日 カンブリア宮殿



◎曽根崎心中

この世の名残り 夜も名残り 

死にに行く身をたとふれば

あだしが原の道の霜  

一足ずつに消えて行く 

夢の夢こそ哀れなれ



◎安全管理に関するハインリッヒの法則。

1つの重大な事故の影には、29件の軽い事故と300件のヒヤッとするトラブルが隠されている。 小さな事故やトラブルを軽視せず、原因を追究して事故の芽を摘み取る、それが大きな事故を防ぐ基本姿勢です。

ガイアの夜明け 2006年5月2日 女性パイロットの誕生

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